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人為的選択で自然淘汰でない組織変化を起こす - 「殻 脱じり貧の経営」を読んだ

組織論や経営への興味関心から、「殻 脱じり貧の経営」を読んだ。

この本は、会社がじり貧に陥る理由を「殻」という概念を提唱し説明してくれる。また最後にじり貧に陥った会社がどうやってそこから脱出するかについても論じている。

この本は経営者におすすめできる。「じり貧」というのは難しく、ゆでガエル現象と揶揄されるように、中にいるとそうなっていること自体に気づけないことが多いので、じり貧に気づくためにも一度読んでみると良いと思う。

僕は8章と終章が面白かった。一方、途中の事例紹介であるフォードの話とENIACの話は、こんなに詳細に書く必要ある?というくらい回りくどく感じたので、フォードがどのように成功し、どのようにじり貧に陥ったかというのがある程度理解できるくらいに流し読みしても良いと感じた。特にENIACの話は別に読まなくても理解できそう。

僕が印象に残った点は以下の部分。

  • 人為的選択で自然淘汰でない組織変化を起こす
  • 心構えが改善を生み出す
  • 「殻」について

人為的選択で自然淘汰でない組織変化を起こす

競争型同型化では優れた形質で同型化が進まないことがある、そのため人為的選択で自然淘汰でない組織変化を起こす必要があるという話が非常に面白かった。


まず、組織は4つのメカニズムで同型化していく。

  • 環境との機能的適合に対応した「競争型同型化」-> 環境の淘汰圧力のようなメカニズム
  • 文化・社会的適合に対応した「制度的同型化」
    • 強制的同型化: 依存している組織からの圧力、社会の中での文化的期待、たとえば、法的な規制
    • 模倣的同型化: 組織はより正統的あるいは、より成功していると認識している類似の組織を後追いしてモデル化する。不確実性は模倣を助長する
    • 規範的同型化: 主に職業的専門化に起因するもので、(1)大学の専門化による公式の教育と正当化、(2)職業的ネットワークの成長と洗練が重要。人員の選別も重要なメカニズム。

この中で、競争型同型化で生き残った組織や制度は優れているとみなすことが多い。しかし、その同型化のメカニズムに任せるだけでは優れた形質で同型化が進まないことがあるのだという。なぜなら、人は自己概念や自己アイデンティティを脅かす変化に対してはネガティブな反応を示すため、ある局所最適から抜け出せないことがあるためだ。

そのため、制度的同型化、つまり人為選択を利用して、自然淘汰ではない組織変化を起こす必要がある。これをするには、組織の一部で起こった良いものをうまく育てて他へと普及させる「育種家」と呼べる存在が大事である。たまたま目的にかなった成功例・様式が見つかったときには、たとえ統計的には無視されてもしょうがないような稀な成功例・様式であったとしても、それを選んで残し、他へと普及させることが重要なのである。

と、自分の言葉で自分の理解をまとめてみた。


ではどうやって人為的選択を広めていくか、どうやって「育種家」を増やすかという話がある。個人的には、その役割をきちんと評価することが重要と感じるのと、この本で書かれていた「徘徊モデル」の話が参考になるかなと感じる。

  • その役割をきちんと評価すること
    • 「育種家」が大事であれば、その行動を明示的に評価する。その行動が評価をされるということが明確であれば、その行動は組織内で増えていくだろう
    • これは他の組織論の本から自分が感じた
  • 徘徊モデル
    • 現在のポジションにとどまったほうがパフォーマンスが高い場合そこにとどまるという戦略を取る合理モデルと、あえて現在のポジションを捨てて徘徊することを選ぶ徘徊モデルを比べると、徘徊モデルのほうが圧倒的に高いパフォーマンスを実現する。なぜなら合理モデルでは、たとえそこが局所最適であっても、そこに安住してしまうので、すぐにじり貧に陥るため
    • 実際に自分があるチームに慣れてくると、チームの中であまり良くないところが見えなくなるということはよくある
    • そのため、積極的に人を異動させ、それにより良い衝突を起こすことで、良い方法を広めていけるのではないか

このように人為的選択を増やしていけるのではないかと感じた。

心構えが改善を生み出す

この本で、精神が生み出す学習曲線という話があった。つまり、単純な心構えが、その積み重ねによって大きな改善を生み出すということである。例として挙げられていたのは次のものだ。

  • トヨタの例: 「これは競争力に使えるだろうか?」「これはお客さんのためになるだろうか?」ということを、何万人の従業員がみんな考えているとしたら、これは本当に単純な心構えなのだけれども、ひょっとしたら、そういうことの積み重ねが20年30年するうちに、追いつけないような企業の差になって表れるんじゃないかという気がするわけです
  • フォード社の例: アイデアを思いついた作業者は、どんなアイデアでも伝え、実行に移せるような非公式の提案制度をもっていた

僕はこの話はビジョナリー・カンパニーで書かれている内容に繋がるなと感じた。ビジョナリー・カンパニーでは、会社を進歩させるために基本的価値観が大事と論じている部分があるのだけど、この基本的価値観というのが、この本で話されている「精神」なのだろう。この「精神」をもととした積み重ねが、製品の改善や工程の改善をを非常に大きなものにする。

では、「精神」を根付かせるためにはどうしたらよいかということについては、ビジョナリー・カンパニーの方にかかれていたので、そちらを参照すると良いだろう。

「殻」について

本書の提唱している「殻」についても少し触れておく。

本書で提唱している「殻」とは何か?「殻」については、本書では以下のように書かれている。

  • 企業が幼弱な時期には企業を保護してくれていた「殻」がある。しかし、その殻にしがみついて経営していると、いずれは「じり貧」状態に陥る
  • フォード社の幼弱期において、より安く作れば売れるT型フォードは殻となって、フォード社を保護したのであった。しかし、その「殻」=「不変のT型フォード」の裏で、護符のごとくに必死に殻にしがみついていた経営者フォードが、今度はフォード社を「じり貧」に追い込んでいく

この文章からは、いまいち「殻」がどういうものか分かりづらかったのだけど、自分たちが会社の売りであると感じている商品や体制は会社を成長させるが、それにしがみついていて、新しい変化がなければじり貧となってしまうということだと理解した。

僕はこの概念を見て、怖いという感情を抱いた。まず売りとなっている何かがある場合、会社内ではうまくいっていると感じているだろう。うまくいっていると感じているからこそ、さらにその売りを強めていく。しかし、それを強みに感じすぎて、しがみついてしまう場合がある。さらにその後、売りと感じていたものが、実は今は社会的には競争力が低くなっていたとしても、それにしがみ続けてしまうこともよくある。そのまま新しい変化を起こさなかった場合、徐々に徐々にあまり気づかないレベルでじり貧となっていく。このように「うまくいっている」と感じているのに、実は気づかないうちにじり貧になってしまうというのは怖い。

うまくいっていると思っている時に、それに集中するのは良い。しかし、そんな時でも突然変異のような新しい変化を起こせるように仕組みを作っておかないといけないんだろうなと感じた。

このあたりの話は「イノベーションのジレンマ」に通ずるところがあって面白かった。

まとめ

今回は「殻 脱じり貧の経営」を読んで、そこで感じたことをまとめてみた。組織関係の本を読み始めて暫く経つけど、少しずつ他の本と繋がったと感じることが増えてきたのが良かった。次は組織パターンと、人事管理入門を読もうかなと思う。

読書ノート

- 企業が幼弱な時期には企業を保護してくれていた「殻」がある。しかし、その殻にしがみついて経営していると、いずれは「じり貧」状態に陥る ⅵ ※
- 「殻」が出来上がる例: 最初、人々は信仰心から一生懸命に働いていたのだが、やがて、その勤労意欲旺盛な人々を前提とした新しい社会(資本主義社会)が成立してしまうと、今度は、人々が一生懸命に働くことを求められるようになる(つまり拘束)。もっとも、一生懸命働いていさえすれば、資本主義社会の中では、他人からとやかくいわれることなく大きな顔をして生きていけるので(つまり保護)、信仰心や精神なんかなくても、殻に守られて生きていけるのである 14 ※
    - 正確にいえば、「殻」が拘束しているわけではなく、人間の側が一方的に、護符としての「殻」の陰で「ひきつるようにしがみついている」だけ 15
- 殻を「コア」「売り」だと認識しているとき、その裏側では常に硬直性がつきまとう 17
    - これこそ自分たちのコアだ!とか、ひきつるように護符のごとくしがみつくとかの行為自体が硬直性そのもの
    - その「コア」が、競争優位が失われつつあっても、しがみつき続けることがある
    - それが「じり貧」
- 新しい製品デザインが登場したとき、最初は「オモチャ」扱いされるが、やがて性能を向上させ、世の中を席巻していくという現象 29
    - イノベーションのジレンマで出てきた話と同じ
- 「ユーザー自身によって開発」される現象 -> ユーザー・イノベーション 31
- ドミナント・デザインとデファクト・スタンダート 40
     - これを確立した会社に独占の利益をもたらすよりも、新規参入者が短期間にマーケット・シェアを急速に伸ばすことを容易にしてしまう
- ある製品デザインがデファクトスタンダードになる代表的メカニズムは、技術的なものではなく、ネットワーク外部性やクリティカル・マスの存在のような市場的なもの 44
- ドミナントデザインとは新しいものが何もないデザイン。しかしフォードは、T型フォードがドミナントデザインになったあとも、それを売って成長させたことが特筆すること 47
- 生産単位のイノベーションは、二つの状態パターンに分類 49 ※
    - 流動状態
        - 製品のデザインも特性も急激に変化して流動的である
        - 革新的製品は、安いというよりも性能がいかに優れているかで従来品と競争する
        - 製品イノベーションではコスト低減よりも性能の向上が強調される。この製品イノベーションではユーザーが重要な役割を果たし、しばしばユーザー自身によって開発が行われる
        - 生産システムは《柔軟だが非効率的》である
    - 特化状態
        - 製品は標準化され、変化は漸進的である
        - 市場では価格競争が行われる
        - イノベーションは漸進的でコストや生産性への累積的効果をもった工程イノベーションが中心になる
        - 生産システムは《硬直的だが効率的》である
- 流動状態では、革新的製品は安いというよりも性能がいかに優れているかで従来品と競争する 52
- T型フォードのようなドミナント・デザインが登場すると、【特化状態】に移行し、今度は価格競争が行われるようになり、それを支える工程イノベーションが中心になる 53
    - 特化状態での工程イノベーションによる生産性向上とコスト・ダウン、そしてそれが可能にした価格の値下げがフォード社に反映をもたらした
- フォード社の幼弱期において、より安く作れば売れるT型フォードは殻となって、フォード社を保護したのであった。しかし、その「殻」=「不変のT型フォード」の裏で、護符のごとくに必死に殻にしがみついていた経営者フォードが、今度はフォード社を「じり貧」に追い込んでいく 67 ※
- 【流動状態】がドミナント・デザインの出現によって【特化状態】に移行するというアバナシーのモデル 69
- 生産性のジレンマ: 流動状態では生産システムは柔軟だが非効率的だが、特化状態では生産システムは硬直的だが効率的なので、生産システムにおいては生産性・効率性と柔軟性は両立しない 69
    - しかしT型フォードの顛末はこの生産性のジレンマとは噛み合わなかった
- 生産量が増えることを期待して生産技術を変えること、すなわち機械器具を設備して量産態勢をとること、あるいは大量生産に合った製品デザインを採用することが、コスト低減の大前提 178
    - 前提となるスケール観が必要
    - 集積回路とファミコンの例
    - 最初からどのくらいの量を作るのかに関するスケール観が生産コストを決める重要な要因になっている
    - 単に大量に作ったから価格が下がるのではなく、スケール観が最初からあることが大事
- フォード「まず販売が増えるまで値引きをする。そして、それを価格にしようとする。コストにはかまわず。その新しい価格がコスト・ダウンを余儀なくするのである」 180
    - ビジョナリー・カンパニーの大胆な目標っぽい
- 技術的選択の前提としてのスケール観。ここに学習曲線の秘密がある。つまり、日々の現場の努力でコストが数パーセント下がるのではなく、最初から経営者が30%とか50%とかコストを下げるための量産態勢作りを指示し、製品デザインもそれに合わせて作り直す必要がある 181 ※
- 精神が生み出す学習曲線 184 ※
    - トヨタ: 「これは競争力に使えるだろうか?」「これはお客さんのためになるだろうか?」ということを、何万人の従業員がみんな考えているとしたら
    - フォード: アイデアを思いついた作業者は、どんなアイデアでも伝え、実行に移せるような非公式の提案制度をもっていた
    - 非公式な提案制度であれば無意味というわけでもない
    - 工程イノベーションは、研究室で行われるものではなく、生産現場で、実際の生産活動、製造の経験を通して行われる行動による学習 185
        - 学習する組織感
- 目の前にいっぱい降ってくる技術的代替案を一つひとつ手にしながら、「これでもっとコストダウンできるだろうか?」と何万人もの従業員がみんなで考えているときに、対数線形型の学習曲線は出現する 186 ※
    - ビジョナリー・カンパニーの価値観の話とつながる
- 生産が追加されても、ついには改善が全く見られなくなる高原効果という現象 188
    - 仮にコストダウンの目標を立てたとしても、前もって決めた目標を一旦達成してしまうと、もう経営側は新たな目標を設定しなくなり、進歩も足踏みすることがある
        - 組織論のコンフリクトの必要性の議論とかぶる
    - 進歩を求める飽くことなき精神がなければ、進歩は止まる
- 合理モデルと徘徊モデルの比較 190
    - 合理モデル: 現在のポジションにとどまったほうがパフォーマンスが高い場合はとどまる
    - 徘徊モデル: あえて現在のポジションを捨てる
    - 徘徊モデルのほうが圧倒的に高いパフォーマンスを実現する
    - 合理モデルでは、たとえそこが局所最適であっても、そこに安住してしまい、すぐに「じり貧」に陥り、化石化してしまうから
- T型フォードの時代のフォード社の偉業は、当初は、スケール観をもった「預言者」フォードと、生産現場での飽くことなき改善(工程イノベーション)によって成し遂げられたものだった。しかし、そのうち、フォードがT型フォードにしがみつくようになると、しがみつかれることでT型フォードは殻と化し、やがてT型フォードが錦の御旗としての効力を失うにつれて、フォード社は「じり貧」に陥っていった 193
- じり貧に陥った場合の正攻法は、預言者や古き理想の復活を目指すこと。直接的な方法は、実は、会社や組織の殻を破ることではなく、個人個人を殻から引っ張り出すことである 194 ※
- 組織同型化のメカニズム 202 ※
    - 環境との機能的適合に対応した「競争型同型化」-> 環境の淘汰圧力のようなメカニズム
    ― 文化・社会的適合に対応した「制度的同型化」
        - 強制的同型化: 依存している組織からの圧力、社会の中での文化的期待、たとえば、法的な規制
        - 模倣的同型化: 組織はより正統的あるいは、より成功していると認識している類似の組織を後追いしてモデル化する。不確実性は模倣を助長する
        - 規範的同型化: 主に職業的専門化に起因するもので、(1)大学の専門化による公式の教育と正当化、(2)職業的ネットワークの成長と洗練が重要。人員の選別も重要なメカニズム。
- 競争型同型化(自然淘汰)では優れた形質で同型化が進まないことがある(ディーラーのフォローカードの事例) 203 ※
    - 制度的同型化(人為的選択)によって優れた形質で同型化する
    - 企業や組織においても重要なのは優れた形質を育てられる「育種家」
    - 例えば、経営者の目的にかなった成功例・様式が見つかったときには、たとえ統計的には無視されてもしょうがないような稀な成功例・様式であったとしても、それを選んで残し、他へと普及させることに努めるべきなのである