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株式会社はてなでエンジニアをしています。プログラミングや読書のことなどについて書いています。

大学に5年間いて、卒業した

 先日3/27に卒業式があり、卒業した。大学には5年間いた。その中で本当にいろいろなことがあったし、いろんなことを学んだ。高校時代と比べて色々と成長も出来た。今振り返らないと、もう振り返る機会なんてないと思うので、振り返ってみる。

何をやってきたか

 1年ごとに振り返ってみる。

1回生

 1回生は楽しかったけど、印象に残ったことはそこまで多く無いので、さらりと。

  • 大学に入学した
  • 熊野寮(廃墟)に入った
  • サークル楽しそうと思って3つくらい入ったけど、結局やめて1つだけ残った
    • 残ったのは美術研究会っていう、名前には似合わず京都の観光をするサークル
  • 熊野寮がとにかく楽しかった
    • 賢い人が多かった
    • いろんな議論をした
    • この人達についていくには知識をつけるしか無いって思って本を読みまくった 

2回生

 2回生は熊野寮に関することをいろいろとやった時期だった。

熊野寮で部長をやった

 寮には部会という運営グループがいくつかあって、そのまとめ役である部長をやった。このころはうまくまとめるやり方が全く分かっていなくて、会議に人が全く来てくれなかった。最終的に2人(おそらくその部会は全部で50人は所属していた)で会議するみたいなことも起きていた。人をまとめる難しさというのを痛感した。

熊野寮で常任委員長をやった

 熊野寮の常任委員長をやった時が大学時代で一番印象に残った。常任委員長っていうのはいわゆる執行部のトップで、熊野寮全体のトップです。
 次のようなことをやった。普通経験できないようなことをやったと思う。

  • 熊野寮に口頭で伝わるシステムを文書化
  • 部会、委員会などの引継ぎ資料を作った
  • よくわからないチンピラに寮を襲撃されてて、何回か警察の取調室で話をした
    • なんかその人達が屋上でシンナーとか吸ってそうだった
    • ロケット花火とか打ち込まれた
    • 石とかも投げ込まれた
    • 結局示談で解決した。5万円位払わせた。
  • 寮に防犯カメラを導入した
    • 上と関連して
    • 最初は自分たちで買うつもりだったけど、大学と交渉して全部大学に払ってもらった。50万円位ういたと思う。
  • AEDを大学に導入してもらった
    • 同時に安い自販機も導入してもらって、その場所代によってAEDの運営コストを賄うことにしたらしい。
  • 寮にもともとあった自販機の収入を寮に入るようにした
    • なんかよくわからない団体に収入が行っていた。その団体に電話しても繋がらなかった
    • 自販機の会社に連絡して再契約という形をとった
    • そのついでに自販機の値段交渉をした
    • AEDに関連して、安い自販機が導入されたのでその値段に合わせるように交渉した。
    • 場所代をその分引きますよって言われたから、それはおかしいと交渉。結局一缶10円という場所代に落ち着いた
    • さらに電気代をこちらが払っているのはおかしいと交渉。全部払ってもらえることに。
    • 今も半年に10万円位もうかっているらしいです。むしろ僕がそのお金欲しいです。
  • 大学の副学長が変わったので、その引き継ぎ

 本当に色々したと思う。このころはまだ人にどうやったら動いてもらえるかみたいなの全く分かっていなくて、僕と副常任委員長の二人で全部やってた。毎回の会議に二人で8個くらい議題出しててやばかったと思う。結構人にひどいこと言われたりもして、人を信用出来ない時もあった。でも学ぶことが多かったので、やってよかったと思う。

3回生

 2回生が本当に忙しかったから、ちょっと休息の一年。大学にも多少行くようになった。2回生の時は大学に行ったら久しぶりとか言われてた。この時期に大切な人とかも出来てた。今もずっと付き合ってる。
 3回生の後期くらいからようやくプログラミング関係のバイトを始めて、プログラムの勉強をするようになった。最初はサーバを触るところから勉強してた。

4回生

 進路をどうしようかなと悩みだして、一年休学することを決めた。

株式会社はてなでアルバイト

 株式会社はてなでアルバイトをするということを決めた。そのへんの経緯はhttp://d.hatena.ne.jp/shiba_yu36/20100622/1277219473に書いた。
 正直はてなはみんな優秀すぎて、まったく話についていけなくて、結構つらい時期も多かった。でもそのおかげで一気に技術力がついたと思う。ずっと続けてよかった。
 実際この時期に勉強しまくって、ブログにもそれを書きまくった。その様子はhttp://d.hatena.ne.jp/shiba_yu36/に書いてある。

熊野寮で情報系の部会を作った

 寮には情報系の部会のようなものがなく、電子機器やネットをうまく運営に活用できていなかった。それはおかしいなーと思って作った。それでそこの部長とかをやった。
 このころは人をどうやってまとめていくかみたいなのが徐々に分かってきて、自分が部長の時はかなり人が来てくれていたと思う。大体全部で20人くらい所属していて15人くらいが来てくれていた。寮の部会の会議に対する平均的な参加率は10%程度なので、かなり健闘したと思う。

5回生

 卒業まで地獄の一年でした。

大学の時に学んだこと

 上で分かる通り、僕自身大学で学問をするということは殆どやって来なかったと思う。そのかわり自分のやりたいことをひたすらやってきた。熊野寮のことは大好きだったし、その仕組みがおかしいのなら直したかった。エンジニアという職種で働いてみたかったし、はてなに突撃してバイトさせてもらった。そんな感じでとにかく突撃したお陰で、いろいろなことを学んだと思う。
 学んだことは多かったけど、その中でも学べてよかったと思ったことが三つある。

いろんな人がいるということを知った

 高校生の時はたくさんの人と関わるということが出来なかった。そのため、自分の意見というものが基本的に周りの意見と一致していると思って、人に押し付けるみたいなことをよくしてしまっていた。普通に良くなかったと思う。
 でも大学に入って、熊野寮に入って、いろんな人と関わってきて、様々な考え方を持つ人がいるんだなという印象を持った。自分の意見というものが如何に一方方向からしか見ていなかったかということに気づいた。このことに気づけたのは非常に大きかった。
 またそのようにいろいろな人がいるということを知ったおかげで、客観的に物事を見れるようにもなったと思う。それがなぜかは主観的と客観的、それと人と関わること - $shibayu36->blog;にも書いた。

outputの重要性を知った

 これははてなに入ってから気づいたこと。
 outputがないと何も起こらないってことに気づいた。またoutputをしないと、学習効率も悪いということに気づいた。そのあたりの話は
Kyoto.pmのこれから - Kyoto.pm Tech Talks #01
- YouTube
とか、知識を効率的に身に付けるためのinputとoutputのバランス - $shibayu36->blog;とかに書いた。

人を動かすことの大変さを知った

 これは主に熊野寮で学んだこと。人をまとめて、一つの事をするということがどれだけ難しいかということを知った。特に最初の頃は全く人をまとめられていなくて、最悪なリーダーだったと思う。
 でもそれでも挑戦しているうちに、だいぶその方法について学べてきたと思う。
 僕の中で人をまとめるときに一番重要なことは、人を見ることであるという結論に至った。とりあえずはこれからもこの思想で頑張ってみようと思う。


 こんな感じのことを学んだ。非常に大きな物を得ることが出来たと思う。

最後に

 卒業できてよかったです。